なぜ婚礼衣裳は京都で作られてきたのでしょうか
白無垢、色打掛、引き振袖。
結婚式で花嫁さまが身にまとう婚礼衣裳には、普段の着物とはまた違った存在感があります。
刺繍や織り、染め、金彩。
一枚の衣裳を近くで見てみると、そこにはさまざまな技術が使われていることが分かります。
杠でも婚礼衣裳を扱っていますが、衣裳は京都から直接仕入れています。
では、なぜ京都なのでしょうか。
今日は少し視点を変えて、婚礼衣裳と京都のつながりについてお話ししたいと思います。
京都と着物文化
京都は長い歴史の中で、宮廷文化や寺社、茶道、能など、さまざまな日本文化が育まれてきた土地です。
そして、人が集まり、儀式が行われるところには、その場にふさわしい「装い」も必要になります。
婚礼をはじめとする人生の節目の装いも、そのひとつです。
着物は、一人の職人さんだけで完成するものではありません。
生地を織る人。
染める人。
刺繍をする人。
金彩を施す人。
仕立てる人。
それぞれの工程に専門の技術があり、いくつもの手を経て、一枚の着物が出来上がります。
京都には、こうした着物づくりに関わる職人や問屋が集まり、長い年月をかけて着物文化を支えてきた歴史があります。
婚礼衣裳には、たくさんの技術が詰まっています
色打掛を広げてみると、鶴、松竹梅、御所車、鳳凰、花々など、婚礼にふさわしいさまざまな文様を見ることができます。
華やかだから描かれているというだけではありません。
長寿や繁栄、夫婦円満など、文様のひとつひとつに願いが込められてきました。
白無垢にも同じことがいえます。
一見すると「白一色」の衣裳ですが、近くで見ると織りによって文様が浮かび上がり、光の当たり方によって表情が変わります。
婚礼衣裳は、遠くから見たときの印象だけではなく、近くで見たときに分かる仕事があります。
何十年も婚礼衣裳に触れていても、衣裳を広げるたびに、
「ここまで手をかけて作られているのだな」
と感じることがあります。
婚礼衣裳は「着るもの」であると同時に「受け継ぐもの」
婚礼衣裳は、一度の結婚式のためだけに存在するものではないと私は思っています。
そこには、昔から受け継がれてきた文様があり、染めや織り、刺繍の技術があります。
そして、その衣裳を正しく着せる着付けの技術があります。
衣裳だけが残っても、着せる人がいなければ婚礼の装いにはなりません。
反対に、着付けの技術だけがあっても、衣裳を作る職人さんがいなければ、その文化を次の世代へつないでいくことはできません。
作る人。
届ける人。
着せる人。
そして、身にまとう人。
それぞれがつながって、日本の婚礼衣裳は今日まで受け継がれてきたのだと思います。
杠の婚礼衣裳も京都から
ヘアメイク着付け 杠では、白無垢、色打掛、引き振袖、紋付袴などの婚礼衣裳を取り扱っています。
婚礼衣裳は京都から直接仕入れ、実際に衣裳を見ながら、一点一点選んでいます。
写真だけでは分からない生地の質感や重み、刺繍や織りの表情、実際に花嫁さまがお召しになったときの姿。
そして、帯や小物、髪型まで合わせたときにどのような花嫁姿になるのか。
衣裳単体ではなく、お支度をしたときの全体の姿を考えながら選ぶことを大切にしています。
婚礼衣裳を選ぶことは、単に「好きな色や柄を選ぶこと」だけではありません。
どのような場所で結婚式を挙げる?。
神社?、お寺?、料亭?。
挙式なのか、写真撮影?。
地髪で文金高島田を結う?、おかつら?、洋髪?
たくさんクエスチョンがあると思います。
同じ色打掛でも、合わせるものによって花嫁姿の印象は大きく変わります。
一枚の衣裳の向こう側にあるもの
婚礼衣裳を手にするとき、その向こう側には、長い時間をかけて技術を受け継いできた多くの人たちがいます。
日本の婚礼文化は、決して一つの技術だけで成り立っているものではありません。
衣裳を作る技術。
髪を結う技術。
着物を着せる技術。
花嫁さまのそばで所作を支える技術。
それぞれが重なって、一人の花嫁さまの姿が出来上がります。
時代とともに結婚式の形は変わっていきます。
それでも、人生の節目に装いを整えるという日本の文化は、これからも残していきたいものです。
杠では、婚礼衣裳のレンタルから、ヘアメイク、着付け、地髪で結う文金高島田、挙式当日のアテンドまで承っております。
白無垢や色打掛を実際に見てみたい方、日本髪での和婚をお考えの方も、お気軽にご相談ください。

